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8 ネズミのミキがお母さんからはぐれたとき

 
 大きな悲しげな瞳が、どこかを見つめ、頬に涙が光っていた。泣いているのは小さな森ネズミの坊やだった。木の実狩りのとちゅう、お母さんからはぐれてしまった。そして今、大きな赤い天狗茸 の下で、いと悲しげに、鼻ヒゲをおろおろ震わせ怯えて坐りこんでいた。
 「やあ、ちいさいの。きみはどうしたんだい?」そばの、ジュニパーの藪の方から明るい声がそう聞いた。それは休憩して羽を休めていた森の見張り鳥の四十雀(しじゅうから)のティティトゥウ、偶然この悲しい状況を目にしたのだ。ネズミの子は、敏感に顔を上げ、涙で曇る目で四十雀を見上げ、ジュニパーの藪の小枝にいる鳥をいぶかしげに眺めた。「ぼ、ぼく・・・は・・・は、はぐれちゃって、ウェーンウェーン。どっ、どこにもお母さんが見つからなくて、エーン」小さなネズミのミキは、そう答えると、心がはりさけそうにしゃくりあげ、泣きながら小さい体を震わせるのだった。四十雀は、ネズミの子をしげしげと見つめ、小さなはぐれ子ネズミをひどくかわいそうに思った。事態を解決しなければ、しかもすぐに、とティティトゥウは考えた。
天狗茸
天狗茸
 「もう大丈夫だよ。ちょうどよく、私がここにいたからには、もうたいして心配はいらない。そうとも解決するとも。まず、きみの名前を聞こう」慰め声で話しながら、鳥は、この状況を一番うまく解決するには、どうしたら良いか思案した。「ミキというの」ネズミの子は小さく答えた。「よし、ではどこに住んでいるのかね」ティティトゥウは、ほかにも情報を知ろうと尋ねた。「よ、よくわから、なーいんだよー」と、ミキは答え、また大泣きに泣きだした。「さあ、もっと、なにか話してごらん。きみの家があるのは、どんな場所なんだね」鳥は、辛抱づよく尋ねた。小さなネズミのミキは、考えはじめた。考えに考えているうち、泣くことをまったく忘れてしまった。それから答えた。「ぼくらの近所には大きな木があって、啄木鳥が、木に何階建てもの巣のお家を造っていると、いつもお母さんが言ってるよ」それで、四十雀は、ミキの家がどの辺りか、すぐにわかった。鳥は、安心して、ほっとため息をついて言った「ここにじっとおりこうさんに待っておいで。すぐ戻るから」
 すると飛び去り、木から木へ、石から石へ、森の沼ちかく、啄木鳥の新築現場のあたりへ飛び、若い松の木のてっぺんに止まって見まわした。とつぜん、視線がシダの茂みに当たるとシダの根元になにか動くものを見た。マーモット一家の清掃日で掃除をしているのだろうと、鳥は考えた。マーモットの一家はちょうどその辺りに住んでいた。かれらを訪ねて聞いてみたらどうだろう、ネズミのミキがどこに住んでいるか、おそらく知っているにちがいない、鳥はつづけて考え、シダの茂みの根元に降り立った。
 そこでティティトゥウが見たものは?地面にしゃがみ、カゴをわきに置いて、灰色服の森ネズミが、しくしく泣いていた「なんてことかしら、なんてことかしら、私のかわいい坊や。私のミキ坊や。どこにいるの?急にいなくなっちゃって、ああなんてことかしら、もうどうしたらいいの」そう言って嘆き悲しんでいたので、すぐには四十雀に気づかなかった。鳥は、じっと耳をかたむけ、ネズミの母の悲しみをそばで見ていた。「子を見失ってしまったのかい?」ティティトゥウが、尋ねながら地上に、ネズミの母のもとへ降りた。びっくりして鳥を見て、このとつぜんの出現に母はひどく怯えた「そうです・・・あの子・・・私のミキ坊やが、私からはぐれてしまいました。朝、木の実のところで。どこにも見つからなくて。初めはいっしょだったのに、それがどこにもいなくなっちゃって。かってな方に興味をひかれて、知らぬまに、そっちへ行ってしまったのかもしれない。子どもというのは、そういうものだから。私たちは、この森に越してきたばかりです。どこがどうだか、まださっぱりわからないの。それでこんなことになっちゃって」ネズミの母は、急くように質問に答えるあいだも鼻をすすりあげ、疲れきった眼から涙をぬぐう。
泣いているミキ
泣いているミキ
 「そうかそうか。しかし母さんよ、すぐにミキを探しに出かけるか、どこかに助けを求めたほうが良かったのではないか」次にティティトゥウはそう尋ねた。「自分も道に迷ってしまうんじゃないかと怖くて、それさえできませんでした。私は方向音痴です。助けてくれそうなものに出会いそうもなかったし。私は一人ぼっちですから、じっとしていました。私にはミキしかいない、ほかに子どもはありません。ミキの父親は死にました。まえに私たちが暮らしていた、あの大きな森で、大きな獣が食べてしまったのです。恐ろしかった!おおきい野良猫 でした。そこにいるのがとても怖くて、それで子どもを連れて引っ越しました。それなのに、あの子まで死んじゃった。もう死んじゃったにちがいない。ああ、かわいいミキ」母ネズミは愁嘆するのだった。
 「そんなことはない!母よ、安心しなさい。ミキは生きている。元気で安全にしているよ。このすぐ近くの隠れ場所にいる。ちょっとまえに会ったんだからね。日が暮れないうちに、すぐそこへ行った方が良いだろう。ついてきなさい、母よ」鳥は言うが早いか飛び立った。
 母ネズミは、びっくりして鳥を見ていたが、立ち上がると四十雀の飛行について行った。小径にそって走っていると、小さな森に住むほかのものたちにも、こんどは出会うのだった。しかし、母ネズミは、立ち止まってだれかと知り合う閑もない。ミキのいるところに、ひたすら急いだ。鳥は、木から木へ、音もなく飛び、そのまにも、母ネズミはついて行くが、下の地面を走って、いっしょについて行けるだろうか。行けるとも。
 とつぜん天狗茸のほうに飛翔した。そして、母は、もう遠くから自分の子を見つけた。その子は、ちいさな木の実カゴをわきにちょこんと置いて、キノコの下に、おりこうさんに坐っていた。ミキは、もうだれかこちらに来るのに気づいた。
 「お母ちゃん」この子は、鋭く叫んだ。「坊や」母は、息を切らせながら答え、ミキのそばにかけより、愛おしそうに、男の子を抱きしめた。「さあさあ、かわいいミキ坊は、もう大丈夫。もう泣かなくていいのよ。きっとお腹がぺこぺこで、疲れているでしょう。すぐにお家に帰りましょう」母ネズミは、あたたかく話しかけ、涙で濡れたミキの顔を、赤茶色のハンカチで拭った。
 ミキは、にっこりした。瞳は、ちいさな星のように輝いた。そして、幸福と喜びが、顔いっぱいにひろがった。ティティトゥウは、自分に満足して、とても良い気分だ。こんなに満ちたりたものたちを、これまで見たことがないくらいだった。鳥は、巣に戻るまえに、もうネズミたちが迷わないように、巣穴へ戻るいちばんの近道を教えてあげた。「あなたさまに、なん千回もお礼を申し上げます」母ネズミは、鳥に言って、ミキを連れ、ちいさな小道をとおり、巣穴にむかって歩いていった。「またいつか会いましょう」ティティトゥウは叫び、満足しながら、トウヒの幹穴にある自分の巣へいちもくさんに飛んでいき、この一連の出来事もまた、森の見張りの隊長の、長寿の賢者、真珠フクロウに報告されたのだった。


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