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6 ネズミ一家の恐怖の時

 皓々と明るい冬の夜。青鈍色の広がりが茫漠とした美しさだった。銀河は青く赤く銀に黄に燃えた。宝石をちりばめたように星が煌めく。大きな満月が森を照らす。月の銀の光りが、降りしきる白雪を銀箔のように光らせる。静寂だった。すべてが青鈍色に沈みかえっていた。森は眠り、森に宿るものたちもまた眠る。木の切り株の地面すれすれのところにある暖かな巣穴の中で、ネズミの一家も平和な夜を眠っていた。家は、苔や草や樹脂や粘土で水と寒さを防いでいた。小さな窓もついて、戸口はちょうどうまく雪の下に隠れていた。
 真夜中、家族の小さい子が、咽喉が乾いて急に目を覚ました。その子は、暖かい苔の寝床から起きあがり、お母さんを起こさないようにそっと抜け出し、ふと窓外へ目をやった。まだ怖いもの知らずだった!ヒイルライネン{ネズミの種類}の小さい子は、見たこともない大きな暗い影を見た。森の硬く凍りついた池の氷上を、まさに彼らの方へ忍びよる。「お母さん」怯えて子ネズミが叫んだ。「あ、あれは何?」小さな鼻はビックリ仰天してヒクヒクふるえた。母ネズミと父ネズミはすぐに目を覚まし、驚いて窓から外の冬の夜を見つめた。
 「あれはお化けなの?」別の子ネズミがこわごわ尋ね、お母さんの後ろから窓の外の暗闇に目をこらした。しまいにネズミの家族全員が目を覚まし、家の小さな窓の外を、じわじわ近よる暗い影を見ていた。
 「あれは何?」子ネズミたちが口々に言った。「まだわからない」父ネズミが小声でひそひそ答えた。「静かにしましょう、子どもたち」母ネズミが包み込むように、慰めるように言った。暗い影、未知の生物は、すでに森の小道を、こちらに向かって近づいていた。もうまもなくすると森に住むものたちの住処の間近にいるだろう。「恐ろしい、あれはほんとに何かしら」母ネズミは震えながら両手で顔を覆い、父ネズミの背中に声をかけた「少なくとも足が四本あるように見えるぞ。なんて大きく見えるんだ」父ネズミは低い声で答えた。
 「ぼくたちの方に来るかしら?」いちばん小さいネズミが、泣き声に咽喉をつまらせながら尋いた。「ここには来ませんよ。さあ寝ましょう」母ネズミはそう言って、子どもたちに布団をかけ、小さな六匹の子たちを苔の寝床に寝かしつけた。「ここまでは来ないようだ。止まったぞ。や、や、帰って行くぞ。沼の方へ行く。行ってしまった! 行ってしまった! 聞きなさい、子どもたち。ついに危機は去った。さあ、寝よう」父ネズミはホッとしたように言うと、お母さんの傍らに行き、綿草から集めた綿毛の布団のなかで手足を伸ばした。
 しかし眠れたものではない。だれも目が冴え、未知のものが歩いていたことを、朝まで考えていた。あの恐ろしげなものが這いまわっているのを、他にもたくさん見たものがいると、母ネズミは昼間、森の食品店で耳にした。森の見張りのフクロウの長老は、夜のあいだの状況にずっと注目していた。そして森の裏手の人家の飼い猫ヤスカだとすぐ気がついた。ヤスカは、どういうわけか小さな森へ夜の散歩に出かけてきた。しかし凍えるような氷点下の寒さに、途中であきらめ、家へ引き返したのは明らかだ。悪いことを企んでいたにちがいない。そうでなければ夜中に出かけてくるはずがないし、あんなふうに、まるで隠れるように忍び歩きをするはずがない。だから森に住むものたちが、危機感をつのらせたのだ。
けれど、ありがたいことに、森の見張りの鳥たちが夜中も寝ずの番をしているので、もしたいへんな危険がさし迫っても警戒は万全だ。フクロウもつねに状況に備えていた。もし猫が襲撃してきたら、フクロウが警報を発令してワシの群を集め、悪いことをするやつを撃退しただろう。平和は、こうして安全に守られ、悪いことが起こりようもない。だからこの小さな森で危険を煩うことなく安心して暮らせる。


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