八月の夜、小糠雨が止んだ。湖岸の森は、しばらくのあいだ一面、雨後の滴がボタボタ音を立てていた・・・紫煙に巻かれたように薄ぼんやり霞む中、夢みる森の池の岸辺に、深いトウヒの森の隠れ家に、二羽の老いたカラスがとまっていた。木の枝で、二羽は頬と頬よせ、ぴっちり寄り添っていた。あたかも同じ夢を見ようとしているように。いっそう深い暗がりに、光り虫 {木の枝について冷たい光を発光するアオムシ} が発光してひかっていた。まるで森の小径や草を照らす小さな夜のランプのようにチカチカ瞬いている。夜はだんだん薄ぼやけ、しまいに腕を閉じるように消えてしまった。
リスの子オッシは、どんなにしっかり眼を閉じても眠れなかった。隣りでは、家の他の子どもたちノォラ、ヴィイヴィ、ヴァルッテリ、そして父と母がすぐ脇で眠っていた。オッシは、みんなをちらりと眺め、それから考えつづけた。もっとよく理解したくて、考えなければならない、いろいろなことが、心の中にくるくる渦巻いていた。人生は、まるで巨大な恐ろしい森のようだと、オッシは考えていた。しかしその小径を歩くことを覚えれば、そうすれば、もう迷うのを怖がらなくてもよいはずだ。オッシは、最近、人間の世界のことをよく考える。それは遠い湖の反対側、黒山の向こうにあった。そんなある日、父がとても怖ろしいことを語ったので、オッシは泣きだしてしまった。しかし、父は子どもたちに、人間に用心してもらいたかったのだ。父自身、月がなんども満ち欠けてきたうちには、人間に恐ろしい目に合わされたこともあった。
人間が、まちがっても彼らの家の森に迷い込むことが決してありませんようにと、オッシが願ってくれると父は思っていた。そんなことになったら、森の平和と安全が、こなみじんに壊される。考えただけでもう、オッシは震えた。自然のどんな動物も、望むところで自由に平和に暮らす権利があると、人生でいちばん重要だと父が考えていることを、どんな風に語ってくれたか覚えている。父リスには、人間のなすがままにされた経験があった。父の恐怖の時のことを、オッシはまた思い出した。次に、オッシは、そもそもの初めから、すべてをできるだけあざやかに目に浮かべることができるように、父の人生を心の中で反芻した。父は、人間の家にあるトウヒの木で生まれたと、子どもたちに語った。そこに古い鳥の巣があった。その鳥の巣で、父リスと妹が生まれた。家に住む人間たちにも子どもがいた。女の子と男の子だった。ある日、男の子が木に登ってきて、リスの子たちを巣から引っぱり出した。リスの両親は食べ物を探しに出かけていた。男の子は、リスの子たちをポケットに入れると、二人の友だちと待ち合わせの湖岸に出かけた。男の子がリスの子たちをポケットから引っぱり出した時には、妹リスはショックで、すでに死んでいた。男の子は、妹リスを水に放り投げ、鷹のエサにした。それから男の子たちは、男の子リスを代わるがわる手に取り、悪さをしかけて笑いころげた。ちびリスは苦しさのあまり泣きながら、最後の力をふりしぼり、人間の堅く握った手をふりほどこうとして、必死に身を捩った。前足が地面に着くや、猛ダッシュで走って逃げた。気を失いそうになるくらい、走りにはしって、やがて桟橋と湖に、往く手を遮られた。男の子たちは、威嚇するように近づいてくる。もう水に飛び込むよりほかにない。そうしなければ男の子たちに捕まってしまう。リスは跳躍し、前へ前へと水を掻きはじめた。灯心草から、野ガモのイィサッキが、こちらに泳いできた。リスの下に素早く潜り、浮上して、リスの背中を水面に持ち上げた。それから広い方へスイスイ泳ぎ、遠くの湖岸の森の岸辺の砂地の安全なところに、子リスを送ってくれた。まえにも人間から動物を助けたことがあると、野ガモはリスに言った。人間は、欲張りで狡賢く、しかも動物よりずっと残忍だと、野ガモも思っていると、子リスは知った。人間は、自然を破壊し、動物を殺戮し、あらゆる方法で苦しめ、自由を奪い、檻に閉じこめる。こんなことを、単なる楽しみ、人間の都合、満足のためにする。人間は、自然と調和して生きることができないのだ。しかも仲間とも、仲間でない人とも、仲良く調和して暮らすことさえできない。だから、人間は自然の価値や自然の決まりが解らない。だから、人間は動物をぜんぜん理解しない。
こうしてリスは、新しい人生をはじめようと決意した。養い親と新しい家に恵まれた。そしてやがて、自分の家族と自分の家を持つことになる。こんないろいろなことを、オッシは今、涙をうかべて考えていた。父にとっては、つらいことだった。人間は、なんて動物にひどいのだろうと、いまさらのように驚いた。「人間の心というのは、きっと闇夜のように暗いのだろう」リスはひとり思いながら深い眠りについていた。朝の光は、もう地平線に、心をこめて輝いていた。