大空の額に、雨が静かに泣き注いでいた。雨は、消えかけた氷のように青ざめていた。沼の精霊のために、精霊たちが霧のベールを織りあげていた。松の天辺にオオガラスが止まり、オオムラサキ蝶が、茸のヤカラが生えている石の上に、ヒゲゴケに包まれて休眠していた。
ときどき影が向きを変える。影の間に、どこか遠くから光が射しこむ。辺りを覆う薄暗がりの底深くを照らしている。雨が上がった。雲の後ろから、太陽が顔をだした。春の光が、急に輝きをます。小石だらけの大地の奥深く、冬の巣穴から、妖精たちが光のさざ波を舞い上がってきた。花々も、精霊たちのために顔を上げ太陽に花開いた。寒さに凍った苔の毛皮もぼろぼろな冬のペイッコたちが、氷の風に誘われ岩の奥深くへ立ち去った。スオクッコの鳴き声が、朝から晩まで湿地に響きわたる。森ネズミのレエタは、春のざわめきをベッドで聞いていた。レエタは、質の悪いインフルエンザにかかっていた。もうずいぶん長い間、咳き込み、鼻をすすっている。熱もあった。頭も咽喉も痛む。気分が悪くて怠いけど、毎日毎日、朝から晩まで、ベッドに寝込んでいるのは厭だった。外はとても素敵で、今だって、よその動物の子たちが、いっしょに遊んでいるし、緑の大地の精霊の沼の外れに、わくわくする遊び場を、みんなで見つけてあったのに。
レエタは、腐葉土のベッドで、トウヒのヒゲゴケの布団にくるまり、もう三日も寝ていた。足もとにワタスゲを敷きつめ、花柄のつやつやしたナイトガウンの上に、柔らかい花びらがひらひらするタフタを掛けて。これはすべて、レエタのために、お祖母さんが作ってくれたものだ。ハタネズミのユハと駈けっこをしていて、増水した深みにはまり、レエタは病気にかかった。幸いビーバーのサンットゥが近くにいて、助けてという叫び声を聞きつけ、急いで救助に向かい、無事に子どもたちを引き上げてくれた。ユハは軽い風邪を引いただけですんだが、レエタは、ひどいインフルエンザになってしまった。
レエタのひどい高熱が下がらないので、母ネズミは、心配で泣いていた。お祖母さんとお祖父さんは、母を慰めようとしたが無駄だった。家族の他の子どもたちも怯えて、自分の部屋で、じっと息を潜めていた。ついに、父ネズミは、どこかへ助けを求めることにした。それなのに、医者のフゥフカヤは森のずっと向こうへ往診に出かけ、明日まで戻らない。仕方なく、緑の大地の精霊の沼のわきにある、大きな古いトウヒに棲む世捨てに、助けを求めて行く他なかった。年老いた毛むくじゃらのリス、物知り婆のサァラだ。
「何ということはない、今は心配だろうがね」サァラは、父ネズミに言った「月の顔に、霧のベールがかかったら、レエタは、また元気になる。これをご覧。このビンのクスリの雫を、朝晩、五滴づつ、レエナに与えなさい。それにハチミツと松ヤニの小片、花粉のケーキ、ブルーベリーのスープを食べさせ、茸のヤカラとエリカの花のハーブティーを、よく飲ませるんだよ」
父は、リスの助言に礼を述べ、足の限りに走り、急いで家へ戻った。治療はすぐに施された。翌日、レエタの熱は、下がり始め、徐々に力がもどってきた。その翌日には、レエタの友だちが、花と小さなお見舞いを持って訪ねてきた。ハリネズミのセルマが、ハタネズミのユハ、トカゲのサム、ズアオアトリのハンナ、カタツムリのカッレ、アオガラのアキと連れだってやって来た。彼らの次に、蝶のエミリア、光り虫のティイナ、カエルのインカ、バッタのシィリ、ミツバチのプッリが見舞いにきた。火の髪、月光、真珠の雫、森の星、霧の翼という名の妖精たちから、レエタにお見舞いがあった。そして、お終いが、ペイッコの男の子フンムとトゥィスクだった。
次の夜は、月の顔に霧のベールがかかり、レエタの家の庭ではコデマリが花ざかりだった。
朝、レエタは、元気一杯、顔色も良く目を覚ました。気分がとても良い。インフルエンザは直に良くなるというリスのサァラの予言は、レエタにぴったり的中した。朝ごはんを食べると、レエタは、暖かい上着を着こみ、リスのサァラにクスリのお礼を言うために、初めて外出した。クスリのおかげで、レエタはこんなに早く元気になった。それから、レエタは、友だちのところへ行った。いっしょに遊べて、レエタは大喜び。そうして今、夏真っ盛り。夏がもたらす喜びと悲しみを、レエタもまたいっしょに分かち合った。