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16 あたたかな暖炉の火のそばの語らい

 森の後ろから月が昇った。亜鉛のような白い月の光りが、硬い凍み雪を銀メッキの青鈍色に光らせた。湖岸の道はずれで、森ネズミの家族が夜をのんびりくつろいでいた。朽ち果てた切り株の家では、ちょうど母ネズミが、ハチミツパン、干した木の実、ハーブティー、そして、白樺の樹液のスープの夕飯を、家族のために支度しているところだった。住処に突き出した木をテーブルにして、薔薇の形をした陶製のローソク台にローソクが燃えていた。辺りを明るくほのぼのと照らしていた。家族の赤ん坊、サンナとマイヤは、もうすっかり眠っていた。夕飯を食べ終わると、母は忙しなく働き、父はワラでカゴを編みはじめ、お祖母さんは編物をつづけ、お祖父さんは家の大きい子たち、トウヒナ、カイナ、ヒンム、ユウソと、暖炉の火のそばに、ゆっくり腰を下ろし、楽しいおしゃべりを始めた。
 「お祖父さん、カイサが言ったとおり、月は本物のチーズでできているんでしょう?」ヒンム・ネズミが尋ねた。「ふうむ、わしはまだ月に行ったことがないんだよ。しかし月は大きなランプで、暗い夜を、空から明るく照らしてくれると言えるね」お祖父さんが答えた。「そこにも、ネズミがいるの」次にユウソがたずねた。「住んで居るかも知れしれない。月はとっても高くにあるから、わしらが見ることはできないが」お祖父さんは、微笑みながら教えてくれて、ヒンムを膝であやした。「聞いて、お祖父さん、どうして星は飛ぶのでしょう」トウヒナが尋ねた。「星もたまには、あちこち引っ越したいのじゃろ。わしらがもう三回も引っ越したように」お祖父さんが答えた。「お祖父さんは、どうしてそんなに物知りなんだろう」とユウソが驚いた。「わしが、もうとても年老いているせいだろう。長い間、生きて、楽しいことも悲しいとも、いろいろたくさん見たり経験したからね、老いたものは誰でも物知りで賢いよ」お祖父さんは、静かに答え、深い溜息をついた。「お祖父さん、風は泣けるの」その後、考えながらカイサが尋ねた。「もちろん、風だって泣く。風には精霊がいないから、わしらと同じように感じる。風が寂しげに詠うのを、わしはよく聞いたものだ。それにもし本当に悲しければ雨を降らせる。それが決まった言い伝えだ」お祖父さんは低い声で答えた。「ねえ、お祖父さん、お化けはうちの小径に来る?」今度はトウヒナが聞いた。「ここには来ないだろう。お化けは、森深くぽつんと石だらけの暗い場所に棲みつくほうが、ずっと気に入っているよ」お祖父さんは、おちゃめな笑みを口もとに浮かべて請け合った。「お祖父さん、雷様は、意地悪な神様なの?」ユウソが聞いた。「そうさ、しかも、まっこと意地が悪い!大気を揺るがす大音響で、雷を落としながら、雷様がわしらの森の上を歩くときは、剣で八つ裂きにされないように隠れ家にじっと潜んでいるに限る」お祖父さんは、真剣に言った。「聞いて、お祖父さん、月の妖精の羽は、月の光りに透けて、目に見えないの?」ヒンムは、お祖父さんの首に手を回して尋ねた。「おそらくなァ、はっきりしたことは言えないが。しかし、羽の造作りは、まるで水面にかかる霜の陽炎みたいに壊れやすい」おじいさんは、にっこり答えた。「森の妖精エミリアは、どうしてあんなに綺麗なの?」ユウソは、少しはにかみながらそう尋ね、エミリアがどんなに素敵か説明した。「そうか、とても優しいからだろうね。心の綺麗なものは、それぞれに美しい。心の美しさは、微笑みと目の鏡に顕れるものだ。太陽の光りのように、心の炎は、あらゆるものに沁みとおる」お祖父さんは静かに説明してくれた。暖炉の炎が消えかかり灰に揺らめくのを見つめたきり。
 そのとき母ネズミがやって来て、今夜はもうその辺でお話はお終いにしましょうと温かく言った。もう寝る時間だった。そうして家族はみんな寝床にもぐった。心地よい疲れだった。
 ネズミたちは、しっかり目を閉じ、あっという間に眠りについた。そうして、あっというまに夜も過ぎる。月だけが夜を歩み、終いに朝ぼらけの家路を還って行った。


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