森はあたかもむかしのおとぎ話だ。光りの海に夏の夜明け、太陽は、湖上で砂金を洗う。リンネソウ、野生のローズマリー、スズラン、そして野生のバラが、しっとり湿った土深く、つよく匂った。ヤニ臭い地の精は、木の妖精と、朝の散歩に、原っぱへ出かけ、沼の精 は、野生のイラクサの陰で、髪を梳かし、樹々は互いに新しい情報を語り合い、風の乙女が、青いネコのスズ花を、ベルのようにチリリンと鳴らせながら通り過ぎる。
絹のような毛皮をもつ小さいパァスタイネンの男の子レッスもまた、巣穴の家から外へ出て、夏の朝を楽しんだ。でも両親がいけないと言うので家から遠く離れられない。それというのも春が来た頃、兄のロオペとヴィッレが洪水の川に溺れてしまったから。いけませんと言われていたのに、それを無視して、森の影を調べに行って。今、レッスが、パァスタイネン一家のたった一人の子どもで、両親が心配するのも無理はない。
レッスは、家の庭に茂る草を眺めて座っていた、そして、太陽がはちけるようなタンポポの黄色に、うっとりしていた。タンポポは、草の海原で、静かな優しい夏風に揺れていた。「すてきな朝だなあ」一人思い、数千という夏の香りが漂う空気の匂いを嗅いでいた。レッスは、とても珍しがりやで、冒険好きだったが、同時に、まるで沼にそだつ苔のように、感じやすく、大人しく、そのせいで一人で出かけられなかったのかもしれない。家の庭の遊び場だけでなく、余所も見てみたかったけれど。
「大きな子になったら」レッスは、独り言を呟き、甘いイチゴを齧った。そのときパァスタイネンの母が外へ出てきて、ハムスターの店へ行ってくるとレッスに言った。パァスタイネンの父も、用事で出かけるから、レッスはしばらく一人でお留守番だと言った。母は、気をつけてと言い、レッスは言いつけを良く守り、どこへも行かず自分の庭で、おりこうさんにしていた。
母が出かけたので、レッスは芝の上で手足を伸ばし、小鳥や蝶々が上高く飛ぶのを眺めていた。いつしか目を閉じ、まだ知らぬ森の小径を、一人で歩いて行ったらどんなだろう、人間の国はどんなだろうと、想像していた。それは遠く、森の裏側にあり、スズメのレオが、ときたま凄い話を聴かせてくれた。
レッスとピエタ |
そうして手足を伸ばしていると、ぶとレッスは、ひそやかな、嘆きの声を耳にした。どこか近くで声がする。後足で立ち上がり、レッスは耳を澄ませた。また同じ声がする!レッスは、母の言いつけを忘れて声のする方へ走って行った。声はすぐそばに聞こえた。レッスは、小径のわきの大きな石のところに立ち止まった。石の根元に小さな鳥が横たわっていたから。ミソサザイの子が、かぼそく泣いていた。「たいへんだぁ、きみに誰も助けはないの?」レッスは、大きな声をかけ、小鳥のそばにしゃがんだ。小鳥は驚いて、レッスを見るとシクシクすすり泣いた。「孤児なの。お父さんはタカに食べられ、お母さんもいなくなったの。巣から出ようとして落ちたの。まだ飛べないの。ハネを怪我したの。お腹がとてもペコペコで、どこもかしこも、痛いの」 レッスは、小鳥の子に、つよく憐れみを感じた。小鳥を優しく起き上がらせると、その男の子を支えて用心しながら歩いて、家に連れていった。レッスが、小鳥を自分のベッドに寝かせ、暖かく包んであげていると、パァスタイネンの母が買い物から帰った。初めはびっくりした母が落ち着くと、レッスは、ことのしだいを語った。夜になり、父が家に帰ってくると、両親はミソサザエを養子にすることに決めた。 「なんてステキなんだ」レッスは喜んだ。こうして永遠の遊び仲間になった、妹ができた。そう、小鳥は男の子ではなくて女の子だった。名前はピエタ。ピエタも、新しい家と家族ができて、もうずっと幸せだ。優しく介抱され、二週間もすると飛べるようになった。それに、ハネの怪我はもう目立たない。夏が過ぎ、しだいに友情が大きく育ち、おかげで家の森のあちら側へ、いっしょに楽しい散歩をしようと決めることもできた。その夏は、真実、彼らの冒険探しの夏だった! |