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13 春の嵐

 根雪やほかにも苛酷な冬の後、北国に春がやって来た。春はいつも、生きるものなら動物でも人間でも、わくわく楽しみに待ち望む季節だ。春は、夏の前触れだから。しかし時に春は本当に気紛れで怖ろしい季節でもあり、激しい嵐が吹き荒れる。森に住む小さなものたちは、とりわけ怖れる。今は嵐。太古の湖のほとりの小さな森の隠れ家は、春の嵐の手に落ちた。天を支える節くれだった枝の指に暴風が吹きつけると、老樹はオオカミのような呻り声を上げた。引き裂くように風が吠え、乱暴な突風が、上へ下へ右に左に憎々しげに森をきりきり舞いさせ、樹木と樹木をぶつからせ、すべてをあたりに撒き散らし、団扇のように吹き抜ける。風が渦まき思う存分吹き荒れ、ヒューヒュー喧しい音をさせて突進してきて吹きすぎるまで、嵐は午前中一杯つづいた。
 嵐の風の踵は、雷雨の雷神も動かした。小さな森に、雲の館の床下を開け、バケツをひっくりかえしたような大雨を地上に降らせた。ムチ打つ雨が、濁流となり、呻りを上げる。小径や岩穴、苔むした洞穴から、こうしてついに根雪が消えた。トナカイの赤ちゃんが雨後のキノコのように次々と産まれるのに、こんな一日中の雨降り。よわったなあ。
 翌朝、嵐の雨が止み、雲一つない大空に、また太陽が輝くと、森に住むものたちは恐る恐るようやく家の外へ出てきた。けれど怖ろしいことだ!古里の森は、もうめちゃくちゃだ。災難が起きた。巣穴に住んでいたものたちは、ちりじりばらばらになった。子どももおとなも行方が知れず、足を挫き、ハネはボロボロ、小径が塞がれ、巣が洪水に呑み込まれた。
 いつも警戒している鳥の救助隊だけは、もう動きだしていた。助けを求める声はすばやく伝えられた。大きな動物たちは、小さな動物たちにできない片づけ作業をすぐはじめた。それでも、誰もが何かをして、充分に救助活動が行きわたると、生活はまたほぼ普段どおりに動くようになった。森に住むものは、まるで一つの大家族のようなもので、喜びも悲しみもいっしょだった。友だちがそばにいて慰めてくれると、悲しみにうまく耐えられるときがある。今だって、嵐の爪痕に耐えるのが、ずっとたやすく感じる。大混乱の真っ最中、一人でいなくてすむのだから。森のすべての住処を、みんな心を合わせ、あれこれいっしょに修繕するのだから。
 森に住むものたちの生活がほぼ元通りにもどるまで、一週間ほど片づけや修繕にかかりきり。その間に、いつのまにかワタスゲやツユクサの季節になっている。夏真っ盛り!


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